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中山道69次浮世絵「岩村田宿」の現代版陶額を展示中

イメージ:中山道69次浮世絵「岩村田宿」の現代版陶額を展示中

この陶額の原画は、中山道六十九次 第二十三図「木曽道中 岩村田 渓斎画」が元絵です。渓斎英泉(1790~1848)は江戸時代後期に活躍した日本の浮世絵師。美人画を多く描く。晩年は文筆も手掛ける。

「この浮世絵を陶板にして欲しい。」と言う依頼を受け、元絵を見てびっくり。約200年前の岩村田宿ですが、訳あって旅の情緒が無視され、何とも物騒な絵になっているではありませんか。

その訳とは一説によれば、版元は保永堂の企画で歌川広重(安藤広重)と渓斎英泉2人の合作で中山道六十九次を描く運びになっていた。しかし渓斎英泉の絵が広重の東海道五十九次程売れなかったので「広重のような風景中心の絵を描いてほしい」と注文を付けられ、あげく保永堂から仕事を降ろされてしまった。その怒りを盲人の姿を借り「周りは何も分からぬ奴ばかりだ。」と揶揄して描いたという事らしいのです。

 佐久らしさ岩村田らしさは一里塚の榎木一本だけで外何も有りません。

彼にとって描きたかった事は岩村田の風景より喧嘩をしている自分たち(盲人)の方だった様です。恐らく、風景に力を入れてない分、登場人物は登場人物は写実ではないかと思われます。杖を振り上げ真っ赤になって怒っているのが恐らく渓斎英泉本人なのでしょう。下の足下にいる2人はお酒も入っています。版元も、そして広重もきっと描かれているはずです。松の下で驚いている振りをして、漁夫の利を狙っているのが広重なのかもしれません。この絵は絵師と版元の 騒動顛末記 岩村田之図 なのです。

人物の力の入った手や足、体の動き。葛飾北斎を師と仰いだだけに、北斎漫画の登場人物の様にデッサンがすごい。当時の錦絵・名所絵ではその力を二分する勢いにあった広重と北斎。北斎にあこがれた渓斎英泉が「広重より俺の方が上手いのだ!!」と力んで叫んでいる声まで聞こえて来るようです。そんな事を想像しながら見ていますと、英泉の気持ちがなんだか分かる様な気がします。

 ならば、この絵の中で重視されなかった風景を私が描きこの絵を完成させる事に。

しかし私には200年前の風景を見た事がない。悩んだ末今の風景を描く事にしました。背景に描かれた山を平尾山とする方も居られるのだが、それをどうしても佐久から見た浅間山にしたい。そこに浅間山を描けば裾に広がる風景はこぼれる様に浮かんでくる。新幹線佐久平駅を描き、空にはバルーンを飛ばせ丘にはコスモスを咲かせ河には鯉が跳ねる、現代の佐久を背景に描いて見ました。

 

作 陶・解 説  末岡 信彦

 

現在、商工会議所ロビーに展示中です。是非お立ち寄りのうえご覧ください。

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