会頭 樫山高士

3 月中旬、10 年ぶりにインドを訪問してきました。
前回の訪問時の印象が強烈だったので、女房は同行を めずらしく辞退した程でした。
10 年前私は現地の友人に段取りを頼み、工場視察と 観光でインドを訪問しました。訪問先はデリー、世界 遺産のタージマハールのある町アグラ、そしてピンク の砂岩でできた有名な風の城のあるジャイプールと現 在のチェンナイ、旧マドラスでした。
そこで見たインドは混沌としていて街のどこにも牛、 象、犬、猿、ブタ、そして大勢の「目だけ光る物乞い」 が、何を混ぜればこんな臭気になるのかわからないほ ど濁った空気の中、全ての交差点、観光地に縄張りを 守るようにたむろして垢じみた手を出してきます。

そして私どもに用意されていた車は50 年前から生産 し続けているというイギリスの今は無いオースチンで、 インド名アンバサダー<大使>というものでした。そ の時ほどガラス一枚のわずか5 ミリが隔てている世界 の違いに愕然としたものでした。
またアグラに向かうでこぼこ道の途中で、景色も農 村らしいので、車を止めビールでも飲もうかと予備の 車のトランクから同行の先方の社員に出してもらって いると、誰も見えなかった景色の中に黒いゴマのよう なものが浮き上がり、それがなんと走り寄ってきて、 杖をついた老人から赤ちゃんを抱いた母親までも、な んの目的かもわからない でいると、たちまち雲に 囲まれるような気配にな り、ゆっくりビールどこ ろでなく車に逃げ込んだ りしました。

またある古城では、ど うしても案内させてほし いという老人がいて、こ ちらは60 歳を過ぎているようですし、可哀想かなとも 思い、案内をしてもらい年令を聞いたらなんと40歳と のことでした。
別の場所では双子の3 歳くらいの子がいたので写真 をとると、姉らしいほうがお金を要求してきて、同行 の者が1 ルピー(当時のレートで1 円程度)をあげると、 もう一方も手をだしてきました。強い調子で同行の者 が怒ると、「駄目もとだった」といわんばかりに軽くス キップして行ってしまいました。
ところで肝心の仕事では2 社見た工場は、ともに同 業ですが埃だらけで、社員の安全確保のための環境も 悪く、品質もインド国内などの値段だけの市場で売れ ているという状況でした。そしてデリーの友人と思っ ていた会社社長にも、最後にはお金を返してもらえず 音沙汰無しになってしまいました。

〜 10 年経ったらインドは化けた〜
この10 年の我が国、我が身を振り返ると、きわめて内向きの姿勢で製造業の中国進出に伴う仕事の減少、価格の下落や商業、建設などほとんどの業種での競合が激化し、国にあっても世界の力関係が激変しているなか、自分で稼いでいない議員方は基盤となる国策、外交、教育、産業振興を建前で言うほど重視せず、自らの年金や利権は確保しながら小手先のわずかな改革を言いつのり、ここしばらく国会も県議会も現実の変化に追いつかない些末なことで時間と公金を空費してきました。
そんな中、インドの変化は想像を超えておりました。首都デリーに降りたってから、ホテルまでの道にあふれていた喧噪や、動物たちの姿はほとんど無く、物乞いの姿も目立たない程で、どうしたことかと街を見続けると、牛が占拠していたはずの道路の中央分離帯には鉄柵が張り巡らされ、警察官の数が増えた様な気がするほど落ち着いた様子に変わっていました。
また高層ビルも増え、埃も減り町並みが先進国の首都とは言えませんが普通になって、10 年前の臭気も激しさが穏やかに変わり、食べたカレーの味も気のせいかマイルドになって手品で早変わりを見せられているようでした。

主目的の工場視察はもっと様変わりをしていて、10年前の面影はなくトヨタ生産方式や品質管理が根づいていました。現場に「カイゼン」「ポカヨケ」といった言葉が普通に使われており、改善活動が現場をしっかり巻き込み日々積み上げられている姿や、整理・整頓が行き届きレイアウトに隙のない状況が自分自身の現場の状況を思うとき誠に恥ずかしく、反省の思いが強烈で同行していた次男にも申し訳なく胸の中で詫びた次第です。
特にチェンナイ「旧マドラス」の同業の工場では、インドでも名門の企業グループの一員とはいえ、品質管理の世界的名誉である「デミング賞」も受けていましたし、訪問したもう1 社もデミング賞のほかに日本からインドで最初の「日本品質大賞」も受けており、工場内では各工程の若い主任クラスが自分の工程の改善を心からうれしそうに説明してくれました。
弊社の技術的に進んでいるところもあるのは間違いないのですが、管理状況ははっきり言って負けていました。
そこで5 月には短期ですが当社の社員を、3 名チェンナイとデリーの工場へ学びに行ってもらうことにしました。先方からは技術提携の要請もありますが、まずこちらの足下を固めなければどうも恥ずかしいことになりそうです。

まとめに入りますが、日本の国としての存在感が世界で薄くなっており、特に頼りにしているアメリカもイラクに足をとられ、アメリカの単純な理屈をそのまま飲み込むような国は日本を除くとなく、みなしっかり国益を考え軍備を含む自立能力を高め、国民世論も「国家の尊厳」と言う点では纏まるだけの気概をもって世界に対峙しています。
すでにアメリカも中国との対抗軸にインドを考えていますが、インドのほうが余程したたかで、中国とも手を結びロシアとも友好的であり、10 億の人口と優秀な頭脳で世界のIT 技術の先端にあります。たとえば世界のIBMはパソコン事業を中国に売却して1万人以上の社員を解雇しており、一方インドには新たな開発拠点を拡充し、1 万2 千人以上を採用しています。そしてこれからの10 年後の世界、特にアジアは北京とデリーの枢軸で仕切っていくゲームがもう始まっているようです。
アメリカの力の限界を織り込んでの中国、韓国の反日強行論も、その始まりは我が国の「意志」の空洞化が、極論すると日本人が国を思う気持ちの希薄さから起きているのではないかと考えながら、日本に向かう深夜の機内で、苦い酒を飲んでいる自分がいるのでした。


 
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