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佐久市友好都市「大船渡市」を
応援する会
~ボランティアで汗を流す~


あああああああああ大船渡市役所にて、戸田公明大船渡市長、小池茂見佐久市副市長を囲んで撮影

 7 月11 日㈪~ 13 日㈬の2 泊3 日で佐久市友好都市「大船渡市」を応援する会による、大船渡市でのボランティア活動が、
39 名の参加者にて行われた。13 の組織・企業からの参加者と17の組織・企業からの協力によりバス1 台で、佐久から
大船渡まで片道約10時間600㎞の道程を行き、1 日半のボランティア活動を行った。当所からも女性会・青年部・小規模企業
振興委員・役員職員10 名が参加した。(参加者を代表して、参加されての感想をいただいた。)


 あれから4ヶ月 佐久商工会会議所 女性会長 北山ゆき子




写真修復 アルバムから一枚づつにする作業



想い出ハウスから届いたこれから修復されるアルバム類

 7 月11日から3 日間、大船渡市へのボランティアに参加し、貴重な体験をさせていただきました。
 市内に着き、先ずショッピングセンター内の仮設事務所で業務を行っている大船渡商工会議所を訪問し、ご挨拶を済ませてからボランティアセンターに向かいました。
 ここまでの道中、車窓から目にしたのは震災から4 ヶ月の現地でした。周辺は、鉄・コンクリートの残骸の山に分けられ、町並みも住人の姿も無い寂しく悲しい光景に唖然としました。
 翌日は終日、草取り・側溝の泥上げ・写真の修復補助に分かれての作業。私は4 人で、写真修復補助の担当に。建物内通路に座り込み、はさみとカッターを手に、アルバムからひたすら泥に塗れ黴が生じ、溶液が流れ出て写真とは思われないものも全て1枚1枚剥がし、切り取り、冷凍保存する為にビニール袋に入れる作業でした。 3 日目、全員で市役所での贈呈式に臨んだ後、蓋まで詰まった側溝の泥上げの作業を行いました。この時「遠くから来てくれてありがとう」と言って冷たいドリンク剤をくださった被災された男性の言葉と心遣いが何故か心に残っています。帰りのバスの中、改めて大震災に遭遇された皆様が以前の幸福を取り戻す事を祈りました。



 大船渡市におけるボランティア活動に参加して
        
 佐久商工会会議所 青年部 清水秀三郎




側溝の泥上げ 
   ~始めの様子~




側溝が見えてきました




 去る7 月11日から13 日の2 泊3 日、{佐久市友好都市「大船渡市」を応援する会}(中村 通 代表)が企画するバスツアーに、佐久商工会議所青年部を代表して参加をさせていただきました。
 職種の異なる総勢39 名の有志は、早朝6 時に佐久市を出発し10 時間掛けて大船渡市に到着致しましたが、道中の車窓から眺める光景はまさに目を覆いたくなるような有様であり震災から4 ヶ月経った現在でも復旧が進んでいないのではないかと感じました。
 ボランティア活動は翌日から行い、男性は側溝の泥上げ作業、女性は写真修復作業と個人宅の草刈を行い、最終日は男女とも側溝の泥上げ作業を行いました。
 炎天下の中、長袖・長ズボン、防塵マスクにヘルメットという重装備で作業を行う為、全身汗だくになり配給されたペットボトルの水を瞬く間に何本も飲み干しながら、慣れない作業や悪臭に奮闘しながらも、即席で結成した「チーム佐久」は見事な連携プレーで(地元の経済に貢献する趣旨で行った前夜の大懇親会の成果)、指示された区間をはるかに上回る数百メートルの側溝の泥上げを行いました。
 大船渡市は人口39,000 人、建物の全半壊が3,629 戸、床上下浸水が多数、現在、死者330 人、行方不明者122 人であります。
 我々が行ってきた活動は全体から見れば微々たるものでありましたが、作業を行っていた我々に近所の事業主が駆け寄り、栄養ドリンクの差し入れを受けながらの雑談の中で、「ボランティアの皆さんには大変感謝をしている。今回の震災で20 億以上の損害を受けたが、またこの地で事業を再開したい。」という力強い言葉を聞き、逆に我々が勇気付けられた場面や、泥上げを完了した側溝にすぐさま水が流れる様子を見た瞬間、日本人一人ひとりの小さな活動の積み重ねが、一日も早い被災地の復興に繋がると確
信を致しました。
 試練の地で誓ったこと 小規模企業振興委員 市川浩美




想い出ハウス 外観



想い出ハウス 室内



 頭では理解していたものの現実として受け入れられずにいた災害の現場を自分の目で見た時、全く言葉が出ずただ涙が頬を伝ってきました。震災から4ヶ月…大船渡は瓦礫の処理が一番進んでいると聞きましたが、人々が安心して普通の生活を送るにはほど遠いだろうと感じました。一日目は「想い出ハウス」と名付けられたプレハブ小屋で、瓦礫の中から運び出されたたくさんの幸せな瞬間が詰まったドロドロの写真の仕分け作業をしました。「ここに写った笑顔の人達はみんな無事でいるのだろうか?」…など複雑な思いを抱えつつ、汗と涙と海水と泥にまみれながらの作業でした。
休憩時間に、一緒に作業していた方から、自らも被災され家も会社も失ったという話を聞き言葉を失い、ふと見渡せば「想い出ハウス」のすぐ脇にも瓦礫の中に打ち上げられた漁船が痛々しくたたずんでいて、大船渡で過ごす時間の経過とともに震災の大きさが、私の前に現実となって焼きつけられました。たった二日間のボランティア。絶望の果てにみつけたわずかな希望を頼りに手探りで生きている人々。大船渡で出会ったたくさんの笑顔を思い出しては、自分の無力さを痛感しています。永遠なんて約束されたものは何もなく、生と死は背中合わせだという現実。全てのものに感謝しながら一瞬一瞬を大切にし、自分にできることを精一杯やり続けること。それが今生かされている私達の使命だと感じます。最後に、貴重な体験を共有できた皆様に感謝するとともに、一日も早く被災された方々に心からの安らぎが訪れることをお祈りいたします。










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